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福島家庭裁判所 平成元年(家)866号 審判

申立人 津山征夫

相手方 津山秀之

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立ての要旨

申立人は、肩書住所地で貸家業、農業を営んでおり、貸家、農地の資産がある。相手方は、申立人の七男であり、○○大学を卒業後、数年間東京都内で生活していたが、その間、申立人への手紙は金の無心のものであり、相手方が離婚する際も申立人が金を出してやった。その後、相手方は福島市に戻り、再婚して家を建てたいと言うので、申立人は宅地90坪を相手方にやり、建築費用は相手方が金融機関から借り受けたが、申立人がその保証人となった。

相手方は、現在、多種多様の職業に手を出しており、収入の有無は不明である。相手方の妻の言によると、生活費を入れていないとのことである。また、相手方は、本年、申立人の孫である恭介と憲介にいわゆるサラ金から借金(恭介が250万円、憲介が30万円)させ、相手方が毎月返済する約束であるのに支払いをせず、親族をだました。申立人は、これまでに何度も相手方に対し援助を行い、金を貸しても返済しないことが度度で、金銭上の問題を起している状態である。

以上のように、申立人は、相手方に対し、その大学入学以降現在まで約800万円の金と90坪の宅地を提供しているが、以上のような非行を続けている相手方には申立人の財産を相続させることはできないので、相手方を申立人の推定相続人から廃除するとの審判を求める。

2  当裁判所の認定した事実

家庭裁判所調査官の調査報告書その他本件記録及び津山勇次に対する審問の結果によると、次の事実が認められる。

(1)  申立人は、現在、妻ちづる(明治38年6月22日生)、長男勇次(63歳)夫婦、孫恭介(昭和33年9月2日生)及び孫みゆきと同居して生活し、農業及び貸家業を営んでいるが、老齢のため農業経営は長男夫婦と孫恭介に任せている。その推定相続人は妻、相手方を含めた5名の男子及び5名の女子の11名である。資産としては肩書住所地の土地建物のほか、水田30アール、畑30アール、アパート1棟、一戸建貸家10戸、棟割貸家8戸及びそれらの敷地を所有し、家賃収入年額約1200万円を得ている。

(2)  相手方は、現在存命している同胞中の末子(七男)として生まれ、高校卒業後、神奈川県横浜市所在の○○大学に進学し、申立人からの送金と相手方のアルバイト収入とで生活費、学費を賄って勉学を続け、昭和45年3月同大学を卒業した。

(3)  その後相手方は、東京都内の穀物先物取引関係会社や不動産仲介会社に2年数か月勤務し、その間、昭和47年5月8日黒田充子と婚姻し、その際申立人も上京して充子に80万円を与えるなどしたが、この婚姻は長続きせずに昭和48年9月4日協議離婚した。そして、相手方は、先妻と離婚した年、東京を引き揚げて福島市に戻り、○○ミシン販売会社へ就職し、営業マンとして働き始め、現在の妻北村えり子と再婚(婚姻届出は昭和49年5月13日)したが、その際申立人は、相手方の所帯道具購入資金として数十万円、乗用車購入資金30万円、その後乗用車を買い替える時80万円を相手方に与えた。

(4)  相手方は、再婚後の昭和49年11月○○火災保険会社へ転職し、ここでの勤務は10年余続き安定し、その間昭和55~56年頃、相手方が肩書住所地に居宅を新築するに当たり、その敷地として、申立人はその所有の宅地約90坪を相手方に貸与し、無償で使用させているが、同宅地に対する申立人宛の固定資産税等は相手方において負担支払っている。

(5)  相手方は、昭和60年、それまで10年余勤務した○○火災を辞め、損害保険の代理店を自営するようになったが、それも2年間程で辞めて昭和62年2月○○生命保険株式会社に就職し、営業マンとして勤務し、月収手取約20万円を得ており、現在に至っている。相手方の同居家族は妻及び3人の子の5人暮しであり、妻えり子も○○生命保険株式会社に事務員として勤務している。

(6)  相手方は、返済は相手方がするとの約で、申立人の孫恭介(申立人の長男勇次の長男)を債務者として、平成元年2月27日株式会社○○及び株式会社○×から各50万円(合計100万円)を、同年5月29日株式会社○△から150万円を、申立人の孫憲介(勇次の二男、昭和36年12月10日生)を債務者として、同年4月6日株式会社×△から30万円をそれぞれ借り受けさせて消費したのに、それら債務の分割弁済金の支払いを怠ったため、恭介、憲介がその支払いを余儀なくされた。相手方は、以上の借り入れの理由、借入金の使途につき、家庭裁判所調査官に対しては、以前○○火災保険会社に勤務していた当時、掛金を支払わない顧容の掛金を相手方が他から借り入れて会社に支払ったもの(合計約300万円)が、相手方個人の債務となり、これが現在でも残っているためと述べる一方、本件審判移行前の第2回調停期日においては、相手方が友人と組んで設立した○○建設有限会社の経営資金にしたと述べ、矛盾がある。

(7)  申立人は、前記調停の第1回期日において、相手方から著しく虐待されたり、身体的な危害又は精神的な苦痛を与えられたことはなく、また、申立人の人格、名誉に対し重大な侮辱を受けたこともなく、相手方には犯罪行為など著しい非行はない、と述べており、また、申立人の長男津山勇次は、第1回審問期日において、相手方はこれまで申立人に対して虐待をしたり、重大な侮辱を加えたり、又は著しい非行をしたという事実はないと供述しているが、申立人も勇次も相手方の生活態度が中途半端のものであり、浪費癖があると見ており、そうした相手方のため申立人死亡後の遺産分割問題で紛争が生ずるのではないかとの不安を抱いている。

3  当裁判所の判断

以上認定の事実によると、本件申立は、相手方が申立人の孫らを債務者として、いわゆるサラ金などから4口合計280万円の借金をさせて相手方がその融資を受けながら支払いを怠ったため、孫らがサラ金などから請求を受けて弁済する破目になったことを契機として、地味に暮している申立人や長男勇次らと異なり、転職転業が激しく、借財もある相手方の存在が、将来、かなりの資産を有する申立人の死亡により相続が開始したとき、その遺産分割問題で紛争の種になりかねないと考え、勇次がその紛争防止策を警察署や家庭裁判所に聞き回り、申立人と相談の上なされたものと認められる。

言うまでもなく、推定相続人廃除制度は、特定の推定相続人に法定の廃除事由に該当する非行があり、いわゆる相続的協同関係を害すると評価される場合、その推定相続人の相続権を剥奪し、被相続人の私有財産権と自由意思の尊重に資するのを目的としたものである。そして、相続権の剥奪は、推定相続人の利害に及ぼす影響が極めて深刻であり、安易にこれを是認すると、遺留分制度を認めた現行相続法秩序を混乱させるおそれが大であるから、法定廃除事由に該当するか否かを判断するには慎重な考慮を要する。

そこで、本件についてみるに、前記認定のとおり、相手方に、民法892条所定の被相続人に対する「虐待又は重大な侮辱、その他重大な非行」等の廃除事由の存在を肯定できる事実を認めることはできず、かつ、申立人らもこれら廃除事由に該当する事実は相手方には存在しないことを認めているところである。相手方が申立人の孫らを債務者としてサラ金等から借金させ、約束を守らず弁済を怠り迷惑、不利益を与えたことについては、相手方は当然その責任を負わなければならないが、そのことをもって相手方の相続権を剥奪するに足る「著しい非行があった」と認めるのは無理である。

なお、申立人は、これまで相手方に多額の金員を与え、宅地を無償で貸与したことなどを強調し、ある程度それらの事実を認めることができるが、それらは親子間の愛情からなされた援助であり、いずれ遺産分割の際に相手方の特別受益として処理されるのは別として、廃除事由該当事実と認めることはできない。

よって、本件申立ては理由がないから、失当としてこれを却下すべく、主文のとおり審判する。

(家事審判官 草野安次)

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